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vol.1 「経営者」ではなく、「起業家」と働きたかった

国内外で約60店舗のクレープチェーン「MOMI&TOY'S(モミアンドトイズ)」を展開し、創業5年で業界2位に躍進したフードベンチャー、株式会社モミアンドトイ・エンターテイメント。管理担当取締役として、同社の急成長を支える小松氏に、経営者になるまでの経緯や今後の成長戦略や組織づくりについてお聞きしました。

株式会社モミアンドトイ・エンターテイメント 取締役小松克行

−モミアンドトイ・エンターテイメント(以下「モミトイ」)に入る前は、どのようなお仕事をされてきたのですか。

 大学卒業後、最初は会計事務所に入社して、約5年間勤めました。業務内容としては、顧問先を月次で巡回しながら、帳簿の作成、税務相談、一部経営相談のようなものを受ける、といったことをやっていました。
 正直に話しますと、私は就職を決めずに大学を卒業しました。4月になって何もない状態で、これからどうしていこうかと考えていました。まずは弁護士務所や税理士事務所というようなところに入って、少し専門的な分野の勉強をしてみようと思い、税理士事務所に入社することにしました。しかし、税理士という職業があり専門的な仕事をやっていることは知っていましたが、実際にどんな仕事なのかはわからずに入社しました。
 私は学生時代経営学部に在籍していたのですが、実は簿記が非常に苦手でした。入社を決めたときは、税理士事務所の仕事が簿記を使うような仕事だと全く思っていなかったのです。入社してみると仕事の90%くらいが簿記に関係のあることで、これは想像していたのと違ったなと思いましたが、辞めるわけにもいかないですし、何とかやっていこうと思いました。入社1年目は事務所の中で、簿記、伝票の仕分けや、決算の手配といったデスクワークだけをずっとやっていました。2年目になると、担当先、顧問先をいただいて外回りをするようになるのですが、これがすごく楽しくて仕方ありませんでした。経営者の方たちは、みんな非常にモチベーションが高くて、仕事に対してものすごく真摯で、そういう方たちから特にマインド面で、仕事をしていくうえでとても大事なことを、数多く学びました。

−順調に会計事務所に勤めておられたわけですが、なぜそこを辞め、次はどのような会社にいかれたのですか。

 入社4年目に衝撃的なことがありました。ある創作居酒屋をやっている会社があり、社長は50〜60歳の方でしたが、副社長をはじめとする息子さんたちが20代後半、さらにその周りの幹部もみんな20代でした。自分と全然歳が変わらない方々が、経営者として、幹部として、株式公開を目指して事業をやっておられました。初めてお会いしたときは2店舗しかなくて、年商2億円くらいの事業規模の会社でした。ところが1年後には、店舗数が20店舗、年商20億円の会社になっていたのです。それをずっと横から見ていて、純粋にすごいなと思いましたし、とても楽しそうだなと感じました。会計事務所という、比較的安定したところにいてもいいのだけれど、こういう人生も楽しそうだなと思い事業会社で働くということに興味を持ちました。会計事務所などのコンサルタント的な職種の場合、自身がプレイヤーになれないので事業会社で責任ある立場で仕事がしたい、という話がよくあると思うのですが、私の場合はもっと単純に、同じ年代でバリバリ事業を推進していく姿に憧れて、自分もそうなりたいと思うようになりました。
 そして、その創作居酒屋の会社の方の紹介で、設立2年目のマンスリーマンションやウィークリーマンションを専業でやっている会社に入社しました。設立2年目でしたが売上はもう20億円近くあり、社員10人とアルバイトの方が30人くらいでやっている会社でした。設立間もないスタートアップの会社に行きたいと思っていましたので、正直事業内容がどうこうというよりも、まずはそこに飛び込もうと思って入社しました。

−事業を推進することに憧れて入られた2社目ですが、どのようなお仕事をされたのですか。

 正直、入る前は自分のやりたいことが何でもできると思っていました。経営陣として全体を動かしている人しか見ていなかったので、スタートアップの企業では自分の考えが会社の行動に直結する、そのように勘違いしていました。当時の社長が非常に論理的な方で、私たち社員が出した稟議がちゃんと根拠立っていなければ、あっさりと却下されるような環境でした。私はこれがやりたいと言って却下され、次はこれがやりたいと提案して却下されて、最初の1年くらいはそれを本当に毎日のように繰り返していました。こうしたやり取りの中で、論理的な考え方や根拠立てて説明する力を相当に鍛えていただきました。
 1年目は主に経理財務を担当していて、基幹システムの修正をやっていました。すでに出来上がったシステムがあったのですが不具合が出ていたので、不具合が出たら直す仕事、事業を推進するというよりは、ちょっと後ろ向きの仕事を1年間やりました。2年目以降は、株式公開を志向している会社でしたので、監査法人さんと主幹事証券さんに協力いただきながら、担当者は私1名で公開準備をしていました。

−業務を推進していくような立場を志向されていましたが、ご自身が経営者になることを意識されたのはいつのタイミングでしょうか。

 それは次の転職のタイミングのことで、ここ、モミトイに来た時です。経営者になりたいというのが前提で、この会社に来ました。前職のウィークリーマンションの会社では社長以外の役員は全員社外の方でしたので、経営者になるということがどういうことか、実感としてわかりませんでした。特別な人達がなれるものなのだと思っていました。
 前職在籍中は、事業自体が身近ではないこと、自分の生活や暮らしに近くないということにずっと悩んでいました。そして次に事業会社に携わる機会があれば、BtoCでエンドのお客様の評価がそのまま自分達の評価になるような会社で働きたい、という思いが強くなってきました。また、マンスリーマンションは法人の大口のお客様というのがお得意様なのですが、特に地域が東海エリアだったので、例えば大手自動車会社が研修を減らせばそれに連動して自分達の売上も減るという状況でした。自分達がうねりを起こすというより、大手の、法人のお客様の動向に引きずられて業績が変動する業種でした。そこがいかんともし難く、ジレンマを感じていました。こうしたことから、経営者を志向して、モミトイに転職することにしました。

−前職からの転職時に、モミトイさんを選ばれた決め手は何ですか。

 転職活動の時は複数の会社の選考を受け、ほとんどの会社で社長面接まで進むことができました。ところがお会いした社長の多くは、起業家というよりは経営者というタイプで、私のイメージする社長像とは乖離がありました。ある程度年配の方であったり、創業者では無く雇われ経営者として経営をやっているという方であったり、起業家とは違う、経営者という雰囲気をすごく強く感じました。しかしここ、モミトイの川上と会った時は、まさに創業社長、起業家という雰囲気で、一生懸命夢を語っている姿に全然曇りがなく、また恥ずかし気もなく、本当に少年のようでした。他の社長とは全然違いました。
 入社した決め手になったことがあるのですが、面接で「社員に対して、どのように働いて欲しいと考えていますか」と聞いたところ、「首の骨が折れるのは困るが、腕が折れたり、擦り傷や切り傷といったことは、たくさんして欲しい」「失敗が将来の成功のために必要なのであれば、いくらでも失敗して欲しい」という答えが返って来まして、これが非常に印象的でした。当時、2009年でしたが、比較的保守的な社会の風潮があった中で、自分が社長として5年間積み重ねてきたものが傷付いても良い、その先に成長があるならば失敗しても良いと言ったのを聞いて、非常に長期的なスパンで捉えているなと感じました。そしてすごく長期的にコミットしていけるというのを強く感じ、ここに入ろうと決めました。

−入社されて実際に川上社長とお仕事をされていく中で、どういう起業家だと感じておられますか。

 まず、実行力が抜群に高いということが挙げられます。これは私の想像を超えるレベルでして、本当に普通では考えられないようなことをやってのけます。特に海外出店の時に強く感じたのですが、オープンまで時間が非常に限られていて情報も少ない中で、自分で現地に行って食材業者を探し、クレープの生地や生クリームを作ってもらって、それをお店に納品できるところまでを、ほんの数日でやり遂げたのです。こういった、いつまでに必ず何かをやり遂げるという強さ、それが一番の特徴だと思います。それを支えているのは、考え方が柔軟で先入観が無いことです。だから、一般的には難しいと思われることであっても出来ると思って取り組んでいますし、出来る方法を考えますし、出来るためであれば自分とは違う考えの人のアイデアも取り入れます。徹底して目的や目標ありきで、それが実現できることに一番の主眼を置いて、そのためにはどんなことでも取り入れて、実行していくのです。
 もう一点は、社員との関わり方が特徴的だと思います。中途社員は即戦力として採用される訳ですから、最初から高いレベルで成果を求めることは当然ですが、それが新卒社員でも全く同じように扱います。社会経験が無いとかそういったことは一切関係無く、その人が課題に対してどれだけ本気で取り組んだかが重要で、そこで甘えていれば本気で怒ります。同じ目線、対等な立場でぶつかり合って仕事に取り組んでいきます。そうすることが、新卒の彼らの成長にもつながると、考えているのだと思っています。

−入社された当時と比較して、組織や業務の進め方はどのように変化しましたか。

 私が入社した当時は、社員が本部5人、店舗に3人、他はアルバイトの方ばかりでした。まず業務フローが無く、みんなが一つの仕事にワッと集まってやっているような状況でした。また業務スケジュールも無く、日々目の前にある仕事に対応していくような状態でした。組織と言える状態では無かったですし、業務も非常に粗く効率も高いとは言えないという印象を受けました。その当時在籍していた方々も、特に専門分野があるというよりは幅広い業務をカバーできるタイプの人が多かったです。創業に近い時期には、仕事の質の高さよりも、どれだけの業務をカバーできるかが重要なのだなと感じていました。
 現在では、まず新卒の採用に力を入れ本格化しています。また20代前半の未経験層の採用も増やしています。特に店舗の社員を大きく増やし、社員数は本部6人、店舗25人となっています。その結果、店舗側ではより長期的な視点から育成を考えられるようになりました。一方本部では、専門的なスキルを持ち、日本を代表するような外食チェーンで長く経験を積まれたような方が参加してくれるようになり、各分野でのパフォーマンスが圧倒的に向上しています。

−特に進化していることはなんですか。

 店舗で言いますと、社員が増えてきたことで営業状態が向上したことです。さらに改善の情報共有の場が形成され、店舗運営のノウハウを蓄積していけるような体制ができつつあります。
 本部では、専門的なスキルを持った方が増えたので、業務の安定性や効率性が高まりました。例えば立地開発において、ある立地に出店するかどうかを決める時に、これまでは調査もあまり行わずに、どちらかと言うと感覚的にエイヤーと言った感じで出店を決めていました。しかし今は、必ず調査員を派遣して定められた項目を調査しないと、出店できないようになっています。調査項目についても、既存店の分析が進んだことにより、およそ成功するために必要な要因というのが洗い出されてきていて、出店の成功確率が上がっています。実際今年(2011年)の4月以降、出店して不採算になっている店舗はありません。出店精度の向上で言いますと、様々なチャレンジをしてきた経験も大きいです。特にこの2年間、地下街であったり、駅中や繁華街の路面など、これまであまりクレープ店が出店できなかったエリアに積極的に出店してきまた。結果としてうまくいかなかったケースも多かったのですけれども、そこで自分達が持っている力を再認識し、また自分達が思っているクレープのポテンシャルと世の中のクレープに対する認識の間に、まだギャップがあることを再確認できました。その経験があるので、現在の状況で成功する立地についての理解が進み、出店精度が高まったと言えます。

(vol.2に続く)

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